コラム:人から変える介護経営(第2回)
新任ホーム長が遠足の中止を発表 運営懇談会で家族が猛反発

2017/04/14

人から変える介護経営(第2回)

新任ホーム長が遠足の中止を発表 運営懇談会で家族が猛反発

このシリーズは、(株)ASFONのコンサルタントが派遣職員や管理者として現場に“潜入”。入居率低迷やサービスの質、労働管理などに悩む介護施設を再生させるため、実務に従事しながら組織の問題を解決していくというものです。※このコラムは、実際の出来事をベースにしたフィクションです。

「運営懇談会の直後から家族のクレームが相次ぎ、対応に苦慮している」。都内で複数の介護付き有料老人ホームを運営するZ社の介護部長から、こんな相談が寄せられた。この法人は毎年1回、入居者の家族などを招いて運営懇談会を行い、サービス提供の状況や収支などを報告している。ここでホームの運営方針をめぐって入居者の家族とトラブルがあったようだ。早速、私は派遣職員として潜入し、クレームの原因を探ることにした。

指導役の介護主任Aは優しそうな女性だった。彼女に指示され、ゴミを出しに1階の集積所に行くと、「秋の遠足のご案内」と書かれたパンフレットが何枚も捨てられていた。フロアに戻った私がAに「遠足があったのですね」と尋ねると、Aは急に小声になり「そうじゃないのよ」と気まずそうな顔をしてみせた。

休憩時にAに改めて遠足について聞くと、次のような経緯が判明した。このホームでは毎年10月に隣町の動物園に遠足に行っている。だが、今年は職員の人手不足を理由に、ホーム長Bが独断で中止を決めたという。運営懇談会の2週間前に前任者が体調不良で退職したため、Bが急きょホーム長に就任。懇談会ではさも当然のように遠足の中止を発表したとのことだ。家族は猛反発し、一部の家族とは今ももめているらしい。「確かに今のホームの状況を考えると、Bさんの判断も分からないでもないけど、家族の前であんな冷たい言い方をしなくてもいいのに」とAは不満そうに語った。

「遠足を実施する意味はない」

次の日、私は事務所にいたBに遠足が中止に至った理由について聞いた。Bは「人手不足にもかかわらず、本社からは時間外勤務の禁止など労務管理の徹底を求められている。遠足なんて実施したら、この状況に追い打ちをかけるだけだ」と持論を展開。「重度者が多い当ホームでは、遠足に行っても楽しめる人は一握りなので、そもそも実施する意味があまりない」と切り捨てた。

私が「まだ納得していない家族もいると聞きましたが」と口を挟むと、Bは「大きな事故を起こさず運営できている私たちの頑張りにもっと感謝してほしいぐらいだ」と言って席を立ち、喫煙ルームに行ってしまった。

3日後、遠足推進派の中心人物である家族Cがホームを訪れた。Cにそれとなく遠足の話題を振ると、「人手不足は十分に承知している。事前に相談してもらえれば、家族として協力するつもりだったのに」と語り始めた。Cの妻がこのホームに入居して、今年で5年目を迎えるという。入居当初は自力で歩けたが、今では1日のほとんどをベッドで過ごし、3カ月前には胃瘻を造設した。「職員の皆さんは、献身的に妻の面倒を見てくれており、大変感謝している。10月の遠足は、毎年妻が楽しみにしていた行事で、今の状態を考えると今年が最後の遠足になると思う。だから、どうしても妻を連れて行きたかった」と残念そうに肩を落とした。

多くの家族がボランティアを希望

ホーム長Bと家族Cとの間では、遠足に対する認識が大きく異なっている。私はZ社の介護部長に了解を取り、Bに身分を明かした上で、「入居者や家族にとって遠足は、ただの外出レクリエーションではない。外の世界に触れることは、社会の中で生きている“証し”であり、家族にとって大事な人が生きていることをかみしめられる特別な時間だ。家族に協力の意思があるにもかかわらず、実現に向けた検討すらしないのはいかがなものか」と意見を述べた。Bは私に「少し考えさせてほしい」と言って事務所を後にした。

その後、家族側との会合が開かれ、ひと月遅れで遠足を実施することが決まった。Cをはじめ、多くの入居者家族がボランティアとして参加を希望したことが決め手になった。中には入居者本人が遠足に行かないのに、手伝いを申し出た家族もいた。

2週間後、遠足が無事に終わり、バスガイド役を買って出たBが入居者や家族を引き連れて帰ってきた。皆でお茶を飲みながら、Aなど留守番をしていたスタッフが何やら楽しそうにBの土産話を聞いていたのが印象的だった。銀行員だという家族Dは、初めてのボランティアを通じて、高齢者介護の難しさと日ごろ母親が職員にどれだけ親切に接してもらっているかを改めて理解できたという。「今後はもっと積極的に運営に協力したい」と私に話してくれた。

人手不足が当たり前になった昨今の高齢者住宅にとって、入居者の家族との関わりは、今まで以上に重要になる。単なる経済活動の延長にある企業と顧客という関係ではなく、入居者を中心に双方が協力し合う“同志”のような存在にしていくことが、今後のホーム運営を円滑に行う秘訣ではないだろうか。

クレジット

編集=日経ヘルスケア
著者=小嶋 勝利(ASFON 経営企画部長)

プロフィル

(こじま・かつとし)日本大学卒業後、不動産開発会社勤務を経て日本シルバーサービス(株)に入社。施設開発・施設管理業務に従事する。2006年に退社後、同社の元社員とともにコンサルティング会社(株)ASFONを設立。現在、首都圏を中心に複数の有料老人ホームで運営支援に携わっている。

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