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急げ医療の環境改善(2)医療事故防止に“トヨタ式”品質管理を持ち込む

急げ医療の環境改善(2)医療事故防止に“トヨタ式”品質管理を持ち込む

「トヨタ式」とは、トヨタ自動車で取り組まれてきた生産方式です。製造業だけでなく、異業種からNPOまで世界中で活用されています。この品質管理手法を、今度は医療現場に生かす動きが始まっています。名古屋大学医学部の医療基盤部門と、トヨタグループの品質管理部門が連携して開始したのが「明日の医療の質向上をリードする医師養成プログラム(あすいしASUISHI)」です。誰もが望む安全、安心な医療を実現するために、産業界で培われてきた手法を活用する試みです。

文=高田哲夫
【プロフィール】
外資系コンピュータ会社の広報誌制作からスタートして、IT業界での取材歴20年余り。最近では企業経営、医療、NPOなどIT分野以外の取材にも携わる。

最新のトヨタ式手法を患者さんのために

誰しも医療事故に遭いたくはありません。しかし、現実にはさまざまな原因で医療事故が起こり、医療訴訟になったり、責任を問われて懲戒処分になる医師がいたりします。しかし、大きなニュースになるような医療事故でも、医師は懸命に治療しています。それでも、ボタンの掛け違いで事故が起こってしまうケースが圧倒的です。

名古屋大学客員准教授・藤田保健衛生大学病院教授の安田あゆ子医師は、ASUISHIプログラムを中心となって運営しています。「これまで私も一人の医師として、目の前の患者さんにベストを尽くそうとやってきました。しかし、医療事故を見聞きしているうちに、医師個人の問題だけでなく、医療システムとして運用されていない問題があるのではないかと考えるようになりました。そこで、病院のマネジメントの問題として、医療事故の原因を考えていく必要があると考えたのです」と、安田医師はASUISHIのきっかけについて語ります。

米国の医療界では、病院経営にトヨタ生産方式(TPS)をベースにしたリーン生産方式を取り入れ、経営効率化に成功しているケースが多くあります。また、学問としても定着しています。しかし、そのベースは大量生産時代に生み出されたジャストインタイム方式や、ムダとりを中心にした効率化手法を米国で学問化したものです。そのため、現在の医療のニーズに必ずしも適合していません。医療分野で求められる品質改善とも隔たりがあります。

「名古屋はトヨタの地元なので、トヨタ自動車TQM推進部の方を紹介してもらい、話を聞きに行きました。その内容と、私が欧米などで学んだリーン生産方式による病院運営を比べると、時期的には欧米のほうが古く、トヨタの品質管理もその後進化しています。加えて、米国では健全経営が優良病院の基準ですが、私たちの使命は人の命を救うことです。もうけるために無駄を取る、という考え方は採用できません。その観点から、トヨタの『お客様第一。全員参加。絶え間ない改善』を掲げた最新の品質マネジメントを現場に適用して、医療の質向上に役立てようと考えたのです」(安田氏)

名古屋大学医学部附属病院

現場から組織運営までのプロセスを見直す

2015年10月、名古屋大学医学部の医療基盤部門とトヨタグループの品質管理部門が連携して、「明日の医療の質向上をリードする医師養成プログラム(あすいしASUISHI)」をスタートさせました。プログラムでは、「モノづくりは人づくり」「後工程はお客様」など、トヨタ哲学に基づいた品質管理手法を学び、「患者第一」という考え方の下、現場から組織運営まで仕事のプロセスを見直します。患者さんの安全のために、病院組織のマネジメントができる医師育成を目指しています。

カリキュラムは「患者安全」「感染制御」「質管理」の3つのユニットから構成され、期間は6カ月、総履修時間は120~140時間です。成果達成の確認までを目標に据え、eラーニング以外はスモールグループ討議やケースメソッドなどの参加型研修となります。品質管理手法を実践する問題解決コースでは、選定したテーマについて、現状把握と目標設定、要因分析、対策立案・実施、中間発表とフィードバック、成果確認・標準化まで、具体的な課題解決方法を議論します。現地現物も重視しており、トヨタ自動車の工場見学や、名大病院の医療の質・安全管理部の会議に参加するカリキュラムもあります。

プログラム全体の目標は、医療に伴う有害事象に主体的に向き合うことです。ケースメソッドでは、実際に事象が発生したらどう対応するかをリアルな形で扱います。誰が責任者なのか、現場の医師や看護師だけに任せておいていいのか、具体的に議論します。「医療事故が起きたときに、責任を持つ人が現場以外にいなければ、“とかげの尻尾切り”に終わってしまいます。そうした事態を生み出さないための研修なのです」(安田氏)

最終的な報告書は、トヨタのA3レポート形式で行います。A3の用紙に、問題解決のステップをまとめます。特定要因図やパレート図など、医療界ではほとんど使われてこなかったQC手法も活用します。過去2回のプログラムでは、「人工呼吸器患者搬送中の事故をなくす」「ICUでの投薬ミス撲滅のために薬剤管理の見直し」などのテーマで発表が行われました。

ASUISHIプログラムのカリキュラム構造概念図。集中的な雨を必要とし、花を咲かせるまで何年もかかるサボテンのように、集中的に学んだ数年後の確実な成果を目指す(出典:名古屋大学大学院医学系研究科医学部医学科のあすいしWebサイトから引用 http://www.iryoanzen.med.nagoya-u.ac.jp/asuishi/hrd/curriculum/

マネジメント能力が大きく向上

医療事故が起きると、事故を起こした医師の責任にされがちです。しかし、原因は医師の行為のリスクを軽減できない病院のガバナンスにもあります。そもそも現場から情報が集まってくる仕組みのない病院も多いでしょう。そこでプログラムでは、「患者安全」「感染制御」「質管理」の3つのユニットのほか、医師や看護師、職員との連携の取り方に関する「マネジメント」を加えた4項目で能力を評価します。

2015年10月からの第1期メインコース参加者は12人、2016年の第2期は20人の参加がありました。所属病院の平均病床数は590床余り。平均年齢48歳で、大規模病院の副院長、部長クラスが中心でした。プログラムの習得結果を見ると、3つのユニットだけでなく、マネジメント能力も大きく向上する結果になりました。プログラム修了後に、所属病院での各自の取り組みを支援するため、カリキュラム履修者はASUISHIの人財ハブセンターに登録し、継続的に意見交換を行います。その中で、1期生12人のうち、3人が国際学会、7人が国内学会で発表するという成果も出ました。

文書を整備して病院の業務を見える化

最後に、医療機関が抱える属人化の課題について安田医師に聞きました。医療機関には、「患者さんの病状を記録した電子カルテ」「保険請求のベースとなる診療情報」「医師や看護師、技師たちが仕事を行うためのマニュアル」という3つの領域の文書があります。「今、一番問題なのはそれら3つの連動が乏しい上に、3つ目のマニュアルが非常に貧弱なことです。本来は、医療機関で働く人たちを動かすための文書なのに、現場で読む人はわずかです。医師も看護師も技師も、先輩から教わって経験を積んで技術を習得してきました。そのため、医師や看護師の標準行為を病院は把握できないのです」(安田氏)。

体で覚える職人的な技術の伝承は、身に付くという意味では最も確実な方法かもしれません。ただ、このやり方は一つ間違えると、医療事故の原因になりかねません。そこで3つの文書をきちんと整備し、医療行為の内容を見えるようにします。3つの文書がうまく連携すれば、病院の仕事全体が可視化され、医療事故減少に寄与するはずです。

「病院が抱えている問題は、複雑で多岐にわたります。これまでは現実を、みんなが諦めて放置してきた。だから医療現場での安全対策が立ち遅れたのです。ASUISHIのコンセプトは、一人ずつ小さなPDCAを回して絶え間ない改善を積み重ねる、です。ですから“今日より明日。あさってではなく、明日”なのです」(安田医師)。日々の小さな改善が医療の質を向上させる。その積み重ねが、大きな変革へとつながっていくのです。

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調査レポート「医療機関における紙文書の電子データ化 」

【調査結果のトピックス】

・紙文書の電子データ化に取り組んでいる病院のうち、現状の電子化の方法や機器に何らかの不満を持っているという回答は43.9%。

・「紙文書管理の電子データ化の仕組みや機器において、実現したいこと、追加でほしい機能・サービス」は、1位は「スキャンの速度向上・一括スキャン 」、2位は「院内のデータベースとの簡易な連携 」