コラム:人から変える介護経営(第1回)
分単位の業務管理でサービス硬直化 不満抱いた家族が隠しカメラを設置

2017/04/14

人から変える介護経営(第1回)

分単位の業務管理でサービス硬直化 不満抱いた家族が隠しカメラを設置

このシリーズは、(株)ASFONのコンサルタントが派遣職員や管理者として現場に“潜入”。入居率低迷やサービスの質、労働管理などに悩む介護施設を再生させるため、実務に従事しながら組織の問題を解決していくというものです。※このコラムは、実際の出来事をベースにしたフィクションです。

「インターネットの掲示板にうちの悪口が書き込まれていて……」。関東で介護付き有料老人ホームを展開する中堅事業者の介護部長からこんな相談を受けた。「本社は裸の王様だ。現場で起きていることを何も知らない。そのうちAホームで大変なことが起きる」などと、名指しで批判する書き込みが頻繁にあるらしい。

実情を探るべく、Aホームに潜入した初日のこと。私はホーム長Bから業務手順の説明を受けた。Bは某一流企業で生産管理を担当していた経験を生かし、厳格な業務ルールを作成していた。まず、食事介助や清掃など業務を細分化し、かかる時間を設定した上で職員に振り分ける。職員は毎日、出勤時に入居者のケアプランシートとその日の担当業務が記された「業務指示書」を確認し、勤務時間内に指示事項を完了しないと帰れない。終わらない場合は、サービス残業をする慣習だという。「心配ありません。指示書には業務に費やす目安時間が記してあるので、その通りにやれば、誰でも勤務時間内に終わるようになっています」。Bは笑顔でこう言った。

タイマーが鳴ると出ていく職員

次の日の午後、排泄介助のために女性入居者Cの居室に入った。業務の指示時間は5分間。昨日説明された方法に基づいて、私は支給されたタイマーを5分にセットしてから介助を始めた。排泄介助はちょうど5分で終了。Cとの関係を深めようと室内に留まって話しかけると、Cは驚いた顔をしてこう言った。

「あなた親切ね。みんな薄情だから、タイマーが鳴るとさっさと出て行ってしまうの」。今朝もCが居室を汚してしまったため追加で掃除を依頼したのに、「掃除の予定は明日になっているので、それまで我慢してほしい」と断られたという。同じフロアにいた介護職員DにCの居室をすぐに清掃すべきか相談すると、Dは急に大声になり「余計なことして業務が終わらなければ、サービス残業で帰れなくなるのよ」と私をにらんだ。

次の日、私がCの居室を訪れると、洋服タンスの上に置かれた人形の目が赤く光ったように思えた。のぞき込むと、レンズが見える。どうやら隠しカメラのようだ。本社の介護部長だけにこの事実を伝えたところ、介護部長と私の2人でCの家族と面談することになった。

家族は1カ月前からカメラを仕込んでいたらしい。Cから「ホームの職員が自分を人間として扱ってくれない」と訴えられ、家族は再三、ホーム長Bに事実確認を求めたが、Bは「認知症特有の被害妄想だろう」と言い、ついに取り合わなかったのだという。そこで本社に相談するため、カメラを設置したようだ。

“お節介”がサービスの質を決める

家族から話を聞いた翌日、私は身分を明かし、ホーム長Bと面談した。入居者から不満が出ていることを伝えると、Bは「前職の工場で培ったノウハウを生かし、必要なサービスを効率的に提供できている」と言い、製造業の生産管理の優れた点を並べ立てた。だが、カメラの存在を知ると急に顔を曇らせ、「人手不足の中、効率性を重視せざるを得なかった」と大きくため息をついた。

私はBに、「他産業と比べて介護が圧倒的に難しいのは、人の生活に入り込み、直接関わる仕事だからだ」と静かに諭した。介護はルールを決めて画一的に行おうとすると、どうしても無理が生じる。さらに、介護に必要不可欠なスキルは「お節介思想」だ。リスクを勘案しながらどれだけお節介できるかが、入居者の満足度に直結する。業務時間を決めて管理すること自体は間違っていないが、今の運用法ではこの思想が生まれず、サービスの質は低下する。

そもそも、入居者に関心を持っていれば、隠しカメラの入った人形の存在に気づくはず。私が「入居者を見ずに介護をしていた証拠だ」と断じると、Bは「人と物は違うことは分かっているつもりだったが、確かに転職したときに抱いていた思いとは、違う方向に向かっていたようだ」と声を絞り出した。

翌日、Bは今までの業務指示書を私の前で破棄し、「業務要望書」と記載された、ほぼ白紙の紙を見せた。「入居者一人ひとりの要望を職員が聞いて、この紙に書き込んでもらう。可能な範囲で要望を実現しつつ、さらに一つでもいいからお節介なことを追加できるようお願いする」と語った。後日、ある職員に話を聞くと、「時間を細かく区切られないため、柔軟なサービスができるようになり、やりがいを感じている。たとえ時間がかかっても、ほかの人が手伝ってくれるようになったので負担感は変わっていない」と生き生きとした表情を見せた。

ネットの掲示板に書き込んでいたのはCの家族か、それともほかの入居者の家族か、はたまたAホームの職員だったのか─。今回はあえて追及しなかったが、あれからAホームに関するネガティブな書き込みはない。

クレジット

編集=日経ヘルスケア
著者=小嶋 勝利(ASFON 経営企画部長)

プロフィル

(こじま・かつとし)日本大学卒業後、不動産開発会社勤務を経て日本シルバーサービス(株)に入社。施設開発・施設管理業務に従事する。2006年に退社後、同社の元社員とともにコンサルティング会社(株)ASFONを設立。現在、首都圏を中心に複数の有料老人ホームで運営支援に携わっている。

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